こんなに好きになった人は初めてで、貴方の全部が好きで、なぜスンチョルさんのことが好きなんだろう、と考えても、言葉に表せないくらいで。それでも書き留めておかなければならない、と思ったから、今、パソコンのキーボードを叩いています。

 きっと自分の安っぽい語彙では、自分の感情さえ安っぽく見えてしまうかもしれない、と深夜にぐるぐると考えていたけれど、それでも私の中にあるスンチョルさんへのこの大きすぎる感情が変わるわけではないのかな、と思った、ので言えることだけ、貴方の誕生日に肖って、つらつらと書いてみます。

 

 

 

 ステージに立つスンチョルさんが好きです。

 曲全体を引き締める、アドリブが多くて唯一無二のラップも、低くて優しい歌声も、表情豊かに踊るダンスも、すべてが。スポットライトの下がこんなに似合う人はいないと思った。

 眩しすぎるほどの光に包まれた貴方のその姿を、まだ自分の目で見れていないことが悔しくてたまらない。絶対、いつか、必ず、貴方のその姿を目に焼き付けなければ。私は死んでも死にきれない。

 メンバーと一緒にいるときのスンチョルさんが好きです。

 弟たちに、弟みたいに接する、と言っていたように、そうやって弟たちに構ってもらう貴方の姿が大好き。構いに行って、拗ねたり、笑ったり、怒ったり、感情によってころころ変わる表情が本当に愛おしい。貴方が弟たちに慕われる理由のひとつがそこにあるのだと思う。

 メンバーと、そしてファンを心の底から大切にしてくれるスンチョルさんが好きです。

 事務所よりもメンバーを優先します、という、貴方を応援しよう、という決め手のひとつになったインタビューでの言葉に、今でも思い出すだけで胸が震える。メンバーやファンに向ける優しすぎる眼差し。力強い言葉。私には受け止めきれないと思った。そのくらい、愛情深い貴方が好きだ。

 

 

 

 最後に、もう一つだけ。

ずっと謝りたかったことがある。書こうか悩んだけど、私の中でけじめとして、ここに全部、素直に書かせてください。

 貴方が帰ってこようとひたすらに踏ん張っていてくれた時。ほんの1ミリでも、もしかしたら、を考えてしまった自分が情けなくて、心の底から憎い。貴方を信じ切れなかった自分が恥ずかしい。ごめんなさい。謝っても謝りきれないくらいだ。本当にごめんなさい。

 大丈夫、と言い聞かせる自分と不安を感じて泣き出す自分がせめぎ合って眠れなかった夜が何度もある。息をするのも苦しかった。貴方のほうが、何倍も、いや、比べるのも申し訳ないくらい、苦しかっただろうから。こんな弱音を吐いてごめんなさい。

 でも、ステージに立ちたい、という貴方の言葉に、貴方が不在の間の12人の弟たちの頼もしいパフォーマンスに、何度救われただろう。力にならなきゃいけないはずなのに、私には何もできなくて、不甲斐なくて、申し訳なくて、ただ、ただ、貴方のことが好きで、幸せを願うことしかできなかった。

 


 それは、きっと、これからも同じです。

 私は地球上にいるファンのうちの1人でしかない。貴方が私という存在を知ることはきっとない。だからせめて、貴方が毎日安心して眠れるように、美味しいご飯を美味しいと思えるように、できるだけ苦しい思いをしないように、弟たちと一緒にステージに立って幸せでいてくれるように、ずっと長く続けられるように、貴方の望みや夢がすべて叶うように、毎日祈らせてください。

 エゴかもしれないけど、私は傲慢で欲深い人間なので、エゴを貫かせてください。

 


 帰ってきてくれてから、前よりもっともっと、貴方のことを大切にさせてほしいと思った。それくらい、貴方の存在が私の中で大きいのだと、やっと気づいた。

 帰ってきてくれてからの貴方は、やっぱり目がくらむほど眩しくて、ステージの上が、スポットライトの下が本当によく似合う。

 テレビ画面の中の舞い落ちる花びらのステージに、涙が止まらなかった。Left&Rightのステージを心の底から楽しむ貴方の姿を見て、私まで笑顔になった。

 


 私には想像できないほどの辛いことや苦しいことがあるだろう。貴方はアイドル以前に人間だから、そこから逃げてもいいんだよ、と思う。貴方がそれで幸せになるならそれでいい。

 だからこそ、言わせてください。

 アイドルになってくれて、ステージに立ってくれてありがとう。

 SEVENTEENになってくれてありがとう。

 統括リーダーとして、いつも頑張ってくれてありがとう。

 私の人生に現れてくれてありがとう。

 どうか誰よりも、貴方に多くの幸せが降り注ぎますように。

 お誕生日おめでとう。大好きです。

 

f:id:mocad:20200807164154p:image

SEVENTEEN HIT THE ROADがこわい🎶

 タイトルのまんまです。

 ドキュメンタリー、SEVENTEEN HIT THE ROADが怖いです🎶 🎶で楽しげな感じを出そうとしています。無理です。

 めちゃくちゃ怖いけど、ドキュメンタリーを見たからって、SEVENTEENがいなくなるわけじゃない。怖い、が形容詞の中で私の感情にいちばん近いから、怖い、って言ってるけど、たぶん別の言葉のがしっくり来ると思う。その言葉を持ち合わせていないから"怖い"を使ってます。見終わった後に、見る前に感じていた感情や思っていたのはこんなことだったんだろうな~という覚書です。

 

f:id:mocad:20200513150751j:image


 ティザーだけで辛かった。命を削ってステージに立とうとする彼らの姿も、自分が嫌いだったって言うスンチョルさんの姿も、正直言えば見たくなかった。辛い思いしてほしくない、ってどれだけ願っても彼らは傷つくし、そのたびにガーゼで塞いで包帯ぐるぐる巻にして大きな瘡蓋をつくりまくってステージに立つんだろうし……。

 アイドルはアイドルでいてほしい、って思ってしまう。ステージの上のキラキラしてるところだけ見せてくれればいい。でもその反面、素の姿を垣間見てアイドルも人間なんだな、とまた改めて実感している自分もいる。エゴの塊すぎる。これはたぶんどうにもならない。

 

 未だにSEVENTEENさんって実在してるのかな?って思うときがある。でも、このドキュメンタリーを"架空の人物たちのフィクション"だとはきっと思えないし、思いたくもない。光と影は離れられることなんてできない。当たり前のことだ。ずっと光だけを見せてくれただけで、私がその光しか見ていなかっただけだ。

 見せすぎるかもしれないね、ってウジさんが言ってた。今まで見たことなかった影を見つめる勇気がない。彼らに向き合う覚悟ができない。そんなこと言ったら一生できない。受け止めきれる自信だってない。でもできるだけ、目を逸らさないでいたいな、って思う。それが私なりの愛情表現だ。

 

結論

 

2020年6月7日の自分のSEVENTEENさんに対する感情がどんなふうに変わってるか楽しみだな。おしまい。

舞い落ちる花びらから考える わたしのアイドル

お題「わたしのアイドル」

 

 

※曲やMVに対する拡大解釈や感想が含まれます ただのオタクの独り言なので悪しからず!

 

 “アイドル”が「偶像」を意味する“Idol”に由来していて、“Idol”の語源はラテン語の“Idola(イドラ)”である。宗教の分野では、「崇拝される対象」と定義づけられている。


 そのことはだいぶ前から知っていたけれど、最近になってそれを実感し始めた気がする。
 『舞い落ちる花びら』、私にとっては「アイドル」と「ファン」の関係のような曲に思えたから、よけいに。MVに出てくる13人は、この世のものじゃないみたいに美しかったし、儚かった。

 


[MV]SEVENTEEN - 舞い落ちる花びら (Fallin' Flower)

 


 アイドルの寿命は短い。口に出したくないけれど、紛れもない事実だ。十数年も最前線で活躍するアイドルなんてほんの僅かだ。アイドル自身が、アイドルを辞める、と決断することもある。世間から存在を忘れ去られることもある。
 まるで花の一生だ。時間を掛けて蕾を膨らませて、美しい花を咲かせて、音もなく散って、もう元には戻らない。いくら私が毎日花瓶の水を変えたって、花びらは萎れて落ちていく。
 だったら造花にすればいい、と言う人もいるだろう。毎日世話をする必要もないし、枯れることもない。でも触れたら、偽物だとすぐわかる。生花より造花を美しいと思う人なんていない。
 同じ時を必死に生きる彼らだから、私はアイドルという存在に惹かれるのだ。


 SEVENTEENさんのステージを見て、怖い、と思うときがある。心臓をえぐられるみたいな痛みを感じて、息苦しくてたまらないときがある。
 例を挙げるとしたら、Ode to Youの13月の舞。中国の神獣、四神をモチーフにしている、とホシくんの言葉通り、ステージには玄武、白虎、青龍、朱雀、4人の神様がいた。私たち人間が目にしてはいけないような、神聖さを纏った4人が怖かった。

 MAMA2019のFear。コンセプトがダークなのも相俟って、見るたびに鳥肌が止まらなくなる。あまりにも殺気立っているように感じたから。毒に飲まれて愛する人さえその手で殺めてしまうような表情をしていたから。

 


[2019 MAMA] SEVENTEEN_Intro + Fear


 きっとそれらは畏怖に似た感情なんだろう、と思う。

 けれど、『舞い落ちる花びら』で感じた恐怖は、それらとはまた別の種類のものだった。もっと現実味を帯びたものだった。そのまま彼らが消えてしまうんじゃないか、と不安になって、途方もない喪失感が心のどこかで芽生えた。
 一番怖いと感じたのは、美しい映像で表現された”人間のエゴ”だと思う。

 

f:id:mocad:20200412003028j:image
f:id:mocad:20200412002845j:image
f:id:mocad:20200412003024j:image
f:id:mocad:20200412003032p:image
f:id:mocad:20200412002849p:image

 どうしても、このシーンたちにぞっとしてしまう。いつか世間から忘れ去られた存在。必要とされなくなった存在。今人々に崇拝対象として祀られる存在。

 間違いなく、彼らはアイドルなのに、アイドルだったのに。
 ファンは、人間は、エゴな生き物だ、と思う。勝手に崇めて、理想を押し付けて、そのイメージを裏切られた、と背を向けることもある。このシーンから、それを痛いくらいに感じた。


 舞い落ちる花びらを初めて聞いたとき、一人称が“僕”と“私”、二種類あったことに気づいて、少し引っかかった。意図があるのか、そうでないのか。
 ”私”がアイドルの彼らだとしたら? ”僕”が人間としての彼らだとしたら?
 聞けば聞くほど、“私は花”と、まるで自分に言い聞かせるみたいに歌っているように感じる。いつか終わりが来ることを知っていて、それでも今を懸命に生きる花の、彼らの歌。

 花咲き 散る間に 傷癒え 芽は出る
 僕らは最初で最後の今を生きているんだよ
 だから君を当たり前なんて思わない
 こんな僕を愛してくれたから

 彼らだから綴ることのできるこの言葉に、これからきっと何度も救われる。泣きたくなるほど切ない曲だけれど、光に満ちているから。

 

 

 わたしのアイドル。
 わたしの偶像、わたしの崇拝対象。怖いくらい美しくて、神様みたいだと思う。
 でも、彼らは間違いなく私たちと同じ人間だ。笑って、泣いて、怒って、ご飯を食べて、眠って、毎分毎秒いろんな感情を抱いて。いろんな場面で彼らが人間だということを実感する。
 あなたにとってのアイドルとは? と尋ねられても、今は在り来たりな言葉でしか答えられない。それが悔しいから、時間をかけて、自分だけの答えを出せたらいいな。

 

 

 舞い落ちてきてくれた13人が、私のすべてだよ。
 全て意味があることだと貴方たちが言ってくれたから、きっと今起きていることも意味があることだよね。
 SEVENTEENとCARATの夢、必ず一緒に叶えよう。